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錦町出身の恒松さん 親子で硫黄島巡拝へ(2026/08/19) (2026/08/19)
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硫黄島巡拝に参加した恒松大輝さん=恒松校長提供=
 戦後81年。錦町出身で東京学芸大学教育学部4年生の恒松大輝さん(22)=東京都=は7月、父親で球磨村の球磨清流学園の恒松龍治校長(56)と、第二次世界大戦最後の激戦地の一つで本土防衛の最前線となった硫黄島の巡拝に参列。今なお残る激戦の爪痕を目の当たりにし、記憶の伝承と恒久平和を強く願った。

 硫黄島は東京都心から南へ約1250キロ、東京都小笠原村に属する東西約8キロ、南北約4キロの太平洋上の島。
 第二次世界大戦末期の昭和20年2月16日から3日間、米海軍・空軍による熾烈な艦砲射撃と爆撃が加えられ、同月19日にB29の大編隊の空襲と沖に集結した大艦隊の一斉射撃が全島を覆い、130隻の上陸用舟艇が海岸に向けて一斉に突進。
 硫黄島守備隊は全島の要塞化を図り地下10メートルから30メートル、総延長は18キロに及ぶ地下壕を構築し、栗林忠道中将の指揮の下、持久戦で米軍上陸部隊に多大な損害を与えたが、ほとんどが玉砕、翌3月26日に日本軍の組織的な戦闘は終わった。
 日本軍の戦没者は約2万1900人。現在は自衛隊の管理で許可なく立ち入れない絶海の孤島となっており、日本国内にもかかわらず、80年を超えた今もなお戦没者の約5割の遺骨が未収容という。

●平和学習の研究きっかけに
 硫黄島を訪れるきっかけになったのは、昨年8月、東京都で開かれた「戦後80年 記憶の継承シンポジウム~過去を知り、現在そして未来に生かす~」。
 大輝さんは人吉高校時代、探究活動で「小学校における平和学習のこれから」について研究。錦中学校の平和学習を例に郷土理解、ふるさと教育の観点も踏まえ、小中学校の9年間で地域から視野を広げる「人吉球磨モデル」を提案していた。
 探究活動の例に挙げた錦町立人吉海軍航空基地資料館「ひみつ基地ミュージアム」の平本真子副館長がシンポジウムに登壇することもあり、大学3年生だった大輝さん、恒松校長がそれぞれで申し込んだところ、2人とも参加できることに。
 シンポジウムを通して「戦後80年 記憶の継承作文コンクール」の公募を知り、平本副館長からの勧めもあって挑戦。国内に居住する15歳から29歳までを対象として909件の応募があり、大輝さんは厚生労働大臣賞1点に次ぐ優秀賞8点の中の1人に選ばれた。
 「戦争の記憶継承と地域密着型平和学習」と題した作文で、大輝さんは自身の修学旅行の経験を基に、事前学習から取り組む一方、平和学習が遠い場所で起こった戦争を学ぶものになるのではないかという危機感を提示。
 地元の「ひみつ基地ミュージアム」を通して歴史的な出来事だった戦争を身近に、自分に関係あるものと捉えた経験から、戦争を自分事として継承し、平和な社会を実現するためのキーワードに「地域密着」を挙げた。
 先月、その受賞者による巡拝として親子で硫黄島へ。受賞者9人と同行の家族9人が招待され、2人は埼玉県の入間基地に前泊して自衛隊機で向かった。

●命、戦跡眠る絶海の島
 恒松校長によると、硫黄島は火山島で今も隆起など地殻変動が起こり続ける生きた島。
 「現地で地下壕や慰霊碑などを見て回り、米軍は、この島を日本の本土へ攻め込む拠点にしたかったこと、最後のとりでとする日本軍は若者を送り込み、九州出身者も多かったことなどを聞き、息を潜め米兵の上陸に備えた大人1人がやっと入れるくらいの狭い壕、戦車や大砲、飯ごうなど、81年前の最前線の空気や爪痕をじかに感じた」と振り返る。
 一般社団法人に委託され、今も続く遺骨収容に携わる人々の「生まれ育った内地に返したい」という願いの重さ、命の重さ、81年前に起きた戦争の事実の重さを感じたという。
 「太平洋にぽつんとある島で日本のことを思い戦った人がいて、戦争の記憶を語り継ぐ担い手になれたらと思った。作文の縁で息子に連れてきてもらい、同じ時間を過ごせてよかった」と恒松校長。
 大輝さんは「シンポジウムに参加したことで作文コンクールを知り、平本副館長から声を掛けていただいて、高校生のころから考えていた平和学習の思いを言葉にし、形にするきっかけとなった」。
 「広島、長崎、沖縄や錦の戦跡とはまた違う空気。熱い壕の中、過酷な環境下で戦った人がいたという事実をすぐには信じがたかったが、その場に身を置くことで確かな存在を実感した」と回顧。
 「戦争はやってはいけないし、感じたことを子どもたちにどう伝えていけるかを考えていきたいと改めて思った」と話していた。
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