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2026/07/03
(金)
- 61年前の昭和40年7月3日未明、人吉市を襲った通称「7・3水害」。球磨川の氾濫で中心商店街が冠水し、矢黒町では死者や家屋流失などの被害が出た▼下流の水害防止という川辺川ダム建設の契機になった一方、体験者の中には、過去の水害と違う急激な水位上昇に、市房ダムの放流が要因として検証を求めていたが、その多くが他界した▼その後、あす4日で6年となる「令和2年7月豪雨」が発生。「7・3水害」を上回る甚大な被害は、61年前の昭和の記憶をさらに遠いものにした。休止状態だったダム計画も動き出し、完成を目指して準備が進む▼きょうお届けした「災害復興特集号」にあるように、復興を象徴するくま川鉄道全線開通の一方、肥薩線や国道219号の復旧、市内の土地区画整理事業、河川整備などは現在も進行中▼きのう十数年ぶりに球磨村神瀬の山あいにある川島集落に行った。6年前は生活道や電気が寸断されて孤立。住民たちはヘリコプターで救出され、長く避難生活を余儀なくされた。住民はきのうの事のように当時を話してくれた▼6年前に流域で起きた事は後世への教訓となる。記憶が風化しないよう伝える側としても努力したい。