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  • 2026/09/17 (木)
  •  優しさとは、字引では「心温かく思いやりがあること」とある。その内面こそ相手を尊重し支え、寄り添おうとする純粋な気遣いではなかろうか。今回の熊本地震で改めて、価値の大きさを認識できた▼発災から50日を過ぎてもなお、被災地への優しさは続く。まずは、がれきの撤去と災害廃棄物の搬出に始まり、物資の仕分けや炊き出しに至る災害ボランティアの存在がそう。次に国民や地域住民のための公僕、各種公務員だって何かを犠牲にはせ参じ奮闘する▼先日、この“優しさ”に類した出来事が、あるボランティアセンターで起きた。過去の活動実績を誇示し、知人に誘われて仕方なく出てきたと話す女性に他の参加者が「そんな意識では被災者の方に失礼です」と意見し険悪に。優しさは必要かも▼偽善でも結果的に誰かの救いになれば“良”だが、心を伴わない身勝手が和を乱す典型例。さらにはボランティア作業の活動と役割に優劣はなく、各人が無理せず可能な範囲で継続できる心配りの“優しさ”も不可欠。活動参加の強要など論外だ▼被災地で支援が必要な方はまだ大勢いる。無理なき範囲で支援の継続を切に願う。できれば優しさも。

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