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2026/03/11
(水)
- きょう東日本大震災の発生から15年を迎えた。大地震から大津波に雪まで降る映像は今も目に焼き付いている▼最近、当時を振り返る記事やニュースが増え、その中に「中間被災者」という言葉を見つけた。他の被災者と比べて自分は軽微な被災だったと感じている人、心理的にだけ被災した人に特有の心理的反応という▼思えば筆者も令和2年7月豪雨の際、自宅の片付け作業中に他メディアの取材を断ったことがある。理由は被災者と呼べる状況か自信がなかったから。床上浸水の大規模半壊でも家は残り、家族は無事。被災者と言えるのか今でも分からない▼水害から5年以上たって友人と集まり、それぞれの「7月4日」を振り返った。家が被災した者はもちろん、浸水しなかった家庭でも停電、断水、崩壊した道路を何キロも歩いて買い出しに出た者。みなし仮設住宅は支援物資が来ない…など▼被災者を名乗らせてもらえるなら、あの時、強く感じたのは情報が途絶える不安。雨の強さも今後の降り方も、安全な場所や逃げ方さえ分からなかった▼来月は熊本地震から10年。防災、減災、7月豪雨と合わせて報道の使命やあり方を見つめ直す機会にもしたい。