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  • 2019/01/10 (木)
  •  政治家という職業は、有権者の“信頼”で存在できる崇高なもの。異論はあろうが揺るがない。信頼の大きさと責任の重さは比例すると付言▼統一選の年を迎え、郡市でも新年早々に動きあり。首長に限らず、議員選挙を含めたら水面下の動きも活発化。ひところ流行したマニフェスト型の選挙。未来の可否はさておき「何をしたい」の意志表示だけでも価値はある▼昨今の政治家評で「顔が見えない」「ぼやけた」などが増えた気がする。先の衆院選の投票率は戦後2番目に低かったが、有権者に関心がないのだ。ふた昔前、政治家の存在感は桁が違った。肩書きがなくとも風格が漂よい“前”“元”を感じさせないパワーが確かにあった▼最近は崇高さの有無を問わず、職業だけの活躍で評価される傾向だが、候補者と有権者双方が信頼し合えているか。選挙に勝負は必至ながら、目先の損得と自己利益の選挙では有権者は必ず負ける▼一昨晩の人吉市内、ある首長候補が一部団体の職員らを集めている。組織固めに躍起だが、日和見のできない出席者曰く「選挙の洗礼だ」▼いよいよ戦いの火ぶたが切られた。刻一刻とXデーが近づき、し烈さを増す。

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